仕事でも、プライベートでも。 大切な人や目の前の相手と向き合うなかで、ふとこんな風に感じたとお話しされるのを伺うことがあります。

「どうしてこんなに分かろうとしているのに、理解できないんだろう」 「どうして自分の気持ちは、伝わらないんだろう」

相手を思えば思うほど、理解しようと歩み寄れば寄るほど、どこか遠くに壁を感じてしまう。 そんな経験をしたことがある方は、きっと少なくないと思います。

「“分かり合う”ってどんな状態だと思いますか」というテーマをいただきました。

100%分かり合うことは、きっとできない

私自身の思いをお話しすると、「100%分かり合うことは、きっとできないんじゃないかな」と思っています。

どれほど親しい間柄であっても、どれほど長い時間を共にしていても。 自分は相手ではないし、相手もまた自分ではありません。育ってきた環境も、見てきた景色も、心の中にある感情の機微も、そして身体も、まったく同じ人間などこの世には存在しないからです。

だからこそ、どれだけ努力しても「その人のことを完全に分かる」「分かり合う」ということは、構造的に無理なのかもしれません。

私自身も、いくら必死に考えても、心理学の本を何冊も読んでも、追求すればするほど「届かない心」があることに気づかされたりしてきました。

もし、一瞬「ああ、この人とは完全に分かり合えた!」と感じる瞬間があったとしても、それはお互いの波長がたまたま重なった時に生じた、優しい「シンクロニシティ」のようなものなのかもしれません。

大切なのは「分かった気になること」ではなく「意識を向け続けること」

では、人は分かり合えないからと諦めるしかないのでしょうか。

本当の意味で大切なのは、「もう分かった」と分かった気になって思考を止めてしまうことではなく、「その人のことを分かろうとする意識を向け続けること」なのだと思います。

そうやって心を寄せようとする姿勢、その温かいまなざし自体が、相手に向き合ううえで何より大切なことなのではないかと思うのです。

分かっている部分も、分からない部分も「受け容れる」

「分かる」と「受け容れる」は、似ているようで少し違います。

相手のすべてを理解(納得や共感)できなくてもいい。 「私には理解しきれない部分がある」という事実も含めて、「それがあなたなんだね」とそのまま包み込むこと。

お互いの「そこに存在すること」を丸ごと受け容れる。「分かり合う」という幻想を手放したとき、初めて私たちは、ありのままの相手と本当の意味で向き合えるのかもしれません。

“分かり合う”ことと、愛し合うこと

完璧に“分かり合う”というのは、もしかしたら一種の理想郷のようなものかもしれません。

けれど、「分かり合う」ことは難しくても、「受け容れ合うこと」そして「愛し合うこと」は、私たちにできる素晴らしい心のあり方だと思います。

分からない部分も含めて、相手に心を向けようとするその姿勢こそが、とても大切な「愛」なのだと思うのです。

東京某所
東京某所

【2026年8月2つ目のくれたけ心理相談室ブログテーマ】(くれたけ#281)“分かり合う”ってどんな状態だと思いますか です。

いつも、ありがとうございます。

竹内 嘉浩
竹内 嘉浩株式会社呉竹(くれたけ心理相談室、呉竹コンサルティングサービス)
今日も一日おたのしみさまでした。

このブログは、皆さんとのコミュニケーションを図りたいと思い更新いたしております。以前より頻度が少なくなりましたが、お気持ちが向かれた時に遊びにいらしてください。

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