お墓参りに行ってきました。

お盆中だけあって、たくさんの人が訪れていて賑わっていました。

お墓はまるで花畑のように、色とりどりの花で彩られていました。

 

手を合わせていると、
いろんな人に守られているような温かい気持ちになります。

 

もし私があの世にいて、
大切な人たちが私のことを想ってくれたら、

良くないことを考えているなら別ですが、

善行を積んでいるなら、
きっとその人たちのことを応援したくなると思うのです。

 

なので、自分と同じような思いを持ってくださる方が
先祖代々をさかのぼれば、たくさんいらっしゃるはずなので、

何があっても、
いろんなことは、きっと大丈夫なのだと思ったりします。

 

いつも、ありがとうございます。

 

いつも、ありがとうございます。

竹内 嘉浩
竹内 嘉浩株式会社呉竹(くれたけ心理相談室、呉竹コンサルティングサービス)
今日も一日おたのしみさまでした。

このブロブは、皆さんとのコミュニケーションを図りたいと思い更新いたしております。以前より頻度が少なくなりましたが宜しくお願い致します。

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There is no time like the present.

見守られていること” に対して2件のコメントがあります。

  1. より:

    先生へ。ご無沙汰していますが、私は元気にしています。きのう神奈川を訪ねて、疲れ果てて帰ってきました。ですが、助けを得ることもできました。神社で手を合わせて「お導きください」と願ったあとでした。それでこう思いました。神仏が物事を起こしてくれるわけではなくて、「こうなるといい」と願っている自分の心を自分で聞いて、「それなら自分でやれよ」と神仏から跳ね返ってくるものを、自分が受け取るのだなと思ったのです。できるか、できないかは、とても難しいこともありますが、もしできなくても、願っている限りは、動ける時には動けるものだと思いました。まだ自信はありませんが…。そして先生の、「もしできなくても、それでいい」という言葉を思い返しました。なぜ、できなくてもそれでいいのか、考えることもありました。理屈でどうこうといった話ではなくて、「できなかったけど、よく頑張ったね」と自分を肯定するところから、また次へと望みをつないでいけばいい。と言うか、それしかできない。そんな気持ちです。

    1. 竹内 嘉浩 より:

      雲さま ごぶさたしております。ご訪問されたのですね。とっても暑い中本当におつかれさまでございました。難しいことではございますが、希望を持って宛てにせず(執着を手放す)という意識を、私も心がけております。しっかりとお疲れを癒やしていただいて、またお元気でお過しになられるように、そして心の底からスッキリされることを願っておりますし、信じております。時に振り返りをしておりますので、コメントくださり本当にありがとうございました。

よろしければお言葉ください。